2020年12月12日土曜日

冬のシネマ



ガラス越し
ひとつの思い出が横切る午後
指をのばしてももう届かない影よ
その横顔はいつか見たシネマ
唇が動いて――と言った

    
    蒼いカモメの夢を見た
    夜明けの波濤を翼で風切る姿を


    微笑みだけが慰めのはずだった
    今はあなたのまなざしだけが


風のドアをひらいて
かかとを鳴らし歩いてゆく
革の手袋をはめる淋しげな背中よ
その後姿はいつか見たシネマ
指が動いて――と言った


            記憶の海ははるか
    蒼いカモメを胸のうちで飛ばした


    あの歌をいつも口ずさんでいた
    雑踏のなか 光射すほうへ



2020年5月15日金曜日

アナザーバード



緑の扉口(とぐち)で世界がはじまる
アナザーバード
ありふれた季節に
誰でもない名前を探していた
初めて逢うひとのような
遠い
横顔を


朝露に濡れた
葉裏がひるがえる
風の道
ためらいながらも
腕のなかに抱かれて
そっとその頬に指をすべらせた


さびしく燃えてゆく鳥の声
心臓をついばむように
花ひらく
明日
生まれ変わって円環する
時も粒子も越えながら


しずかな色彩で呼んでいる
それとも
アナザーバード
何気ないしぐさで
誰でもない名前を口にふくんでいた
風の行く先を見つめる
いつかのまなざしを
どうか