2017年12月17日日曜日

十二月の本



十二月の本を静かにひらく
革表紙を少し湿らせて
窓の外には雨が降っている
雫が滴り落ちる またひとつずつ
わたしの頬にこぼれた涙 どこかで流したはずの涙
向こう側にすこしずつ落ちて
波紋を浮かべる遙かなみずうみになって


十二月の本の向こうに
裸木が一本雪原に佇んでいる
誰かの目印になるように
いつか森になることを夢見るように
白い素足で走る森 あなたがまるくなって眠る森
夢のなかで抱きしめていた
ひるがえる梢があなたであるように


十二月の本は音もなくひろがる
凍った空に鳥が一羽飛んでゆく
すべてを越えて届くように
わたしの胸に線を引くように
風を切る翼は遠い 
思う心も願いもきっと彼方にあるようで


十二月の本にいつしか囚われて
ガラスのなかの一途な世界
閉じ込められて 飾られてなお
あえかな羽毛の祝福で覆われる
あなたを埋めてゆく わたしを埋めてゆく冷たい愛撫
一瞬でくずおれる何か
触れられそうで触れられない永遠に似て


十二月の本がゆっくり閉じる
何枚もの扉のそのうちがわに
ただひとつのものがたりを隠しながら
鼓動は同調するだろう ふたたびの
鐘の音のように 
口ずさむ韻律のようにひそやかに



2017年10月14日土曜日

夢の手触り



冬の城明け渡すとき水中で愛を交わしてウンディーネのように


雨そして夢から醒めた余白には君のではない愛の降りしきる


君の目に春を捧げる、遠い日に誰かに焦がれ散りし花びら


海鳴りを聞いて一夜の契りとして花をちぎって含む眠りを


夢の花白くていっそ目を閉じる抱きしめられて海の果てまで


砂浜にさびしく光るガラス片破船の旅を君を夢見る


夏は行く忘れ去られた塔の影窓越しに見た輪回しの少女


幾千のひかりに打たれて口づけるほろびいくものなつかしいもの


たぐり寄せる夢の手触り近づいて遠のいてゆく秋草の果て



2017年7月21日金曜日

アルカディア



風の行方を知らないままで、


君は風を探している
風は君の唇にさえ宿っているというのに
それとも、それはどこか見知らぬ世界の風で


光がここに射してくる
草の穂の襞にも
僕の心の内側にも


光が、ここに射してく、る、


まるでアルカディア
光を溜める睫毛の先も
君の震える心の淵も


まぶしそうに目を細めてどこか上の空で
君は風を探している
このとき、この瞬間の気持ちを


 キット僕タチハ、コウシテイラレル、
 キット何モ持タナクテ、言葉サエモ、


そっと君の手に手のひらを重ねる午後
僕も風を探している
風にその唇をやさしく許されたままで


光が、ここに射してく、る、



2017年4月25日火曜日

水中花もしくはオフィーリア



それはひとつの水だった
ある日流れるようにわたしに注ぎ込んだ
それはひとつの風だった
吹き過ぎてなお心を揺さぶるのは


少女は春の花を摘む
長い髪を肩に垂らし何にも乱されることもなく
少女は白い花を摘む
そして川は流れていた 雪解け水が冷たくて


光ははかなく移ろっていく乾いた水
そこに流れようとしていた 水ではない激流が
花はけなげにも今を盛りに咲こうとして
その花束はその花冠は誰のためのもの


 あなたに逢うためにわたしは水を渡った


少女は見知らぬおとこのひとを見るだろう
彼の瞳の奥にはふるえる死の光がある
傷を負って赤い血はまるで花のように
その花束はその花冠はあなたのためのもの


その花を真っ赤に染めて川は流れる
その花が白いのは誰かのための祈りに似ている
その花を捧げるようにわたし自身を投げて
見つめ合って ずっとそれを待っていたと知るだろう


 あなたを愛するためにわたしは水を渡った


おとこのひとは少女をやさしく抱きしめて
少女は彼にくちづけをした
そしてそのままふたりは水のなかに溺れた
絡み合う長い髪 まるで恋に溺れるように


 水のなかにこぼれる花
 静かに落ちてゆく花
 約束された婚姻の
 

それはひとつの水だった
流れるようにわたしに注ぎ込む
それはひとつの歌だった
くちずさんでなお心を揺さぶるのは
或いはたましいさえも




2017年1月25日水曜日

夜毎の蝶



誰も知らない そんな夜、


少女のぽっちり開いたくちから一羽の蝶が
それはすみれいろの 夢見るひとのうすい涙のような
蝶が飛んでいった 音もなく


(恍惚めいた ひみつの儀式)


少女はそんなふうに夜毎に蝶を吐き出した 
目覚めることのない眠りに包まれて 
朝も昼もあどけない瞳を閉じたまま


(まるであえかな人形のよう です)


蝶は窓の向こうで燃え上がり夜明けとなった
羽根の向こうに知らないくにがある
行きたくて
指をのばしてつかまえたくて
そこですべて燃えてしまう前に


蝶は花のように燃え上がり夜明けとなった
たくさんの色彩が奏でる音楽のような
けれど一瞬で消えてしまう美しいもののいのち


(その一瞬に 確かにある永遠を)


羽根の向こうの知らないくにを
きっとすみれいろから黄金色に燃えるそのくにを
夢のまた夢に見ている


(わたしのなかに眠っている ひみつの少女)


いつか少女を揺り起こしてそのかぼそい手を握り
窓を越えて飛んでいくだろう
たくさんの蝶が形作る夜明けのその羽根の向こう


心は (たましいは)


燃え上がり ひとつの炎となる