2016年11月21日月曜日

飛ぶ鳥を探す日



青いってくちにして街は海になる花びら泳ぐ彼方の岸を


まぶた濡らす緑雨は君に降りやまず海の果てに飛ぶ鳥を探す日


永遠に待ちぼうけです目を閉じて探して君の赤い夕焼け


いくたびか甦る夢窓向こう回遊してゆく紫陽花の雨


野の果てにさびしく燃える火、橙(だいだい)にワスレグサ咲き誰を忘れて


風の音それともあれは鳥の声海を思えば白い航跡


また秋に触れるさびしさ金色の穂を揺らしては風の旅人


銀笛は遠く流れて待合室おもいでだけの鳥籠を抱く


飛ぶ鳥をいくつ見送る季節かとまた群青の海になる日々



2016年9月27日火曜日

あいしているの舟



誰も知らない海でした、(けしてあなたのほかには)


舟は出てゆく
夏の入り江、あなたの瞳の奥を


白い鳥は羽根を休めることなく
空にすべる手紙


返事はいらない、ただひとことのさよならを


     *


誰かをおぼえて湖になる、(それがあなただとしても)


舟は出てゆく
秋のさざ波、あなたの吐息の影を


赤い落葉は誰にも知られず
水面にこぼれる告白


口に出していえない、あいしているのすべて



2016年6月24日金曜日

赤い糸を君に



あなたの小指に糸を巻きつけました
赤い色をした糸を
風にふるえて揺れている
その糸の先にわたしの小指


(ねえ きれいでしょう この世界は
 心でしか見えないものがある)


どこか遠い場所で鳩が飛んだ
わたしたちのことを誰も知らない
ほつれ毛をなびかせて花のように
夏草のなか静かに微笑みを交わす
二人の幸福は川のようだった


小指と小指に赤い糸を絡ませて
知らない林に横たわり目を閉じる
そんな恋だ
あなたとわたし
このままはなれられないように


(ねえ きれいでしょう この世界は
 こんなにか細い糸だとしても)


行方知れずになってそれでも
こぼれてゆく時間があるのです
なつかしい歌をいつか思い出す
なつかしいあなたをいつか心に描く
そしてどこかでまた鳩が飛んで


小指と小指の赤い糸は約束のしるし
また逢えますように
意地悪な夢にはぐれてしまっても
何度でもたどりつけますように
あなたとわたし


永遠と一瞬は同じ速さで過ぎる
あの孤独な鳩のように
あなたと繋ぐ糸を憶えている
この心をずっと知っていた



2016年4月25日月曜日

春のたまご



春はまあるいのです
まあるくて秘密を抱えているのです


淡い色で揺れている わたしの胸のうち


やわらかくて抱きしめてしまいたくなるもの
それともきつく抱きしめて壊したくなるもの


本当は好きって言いたいのに 口をつぐんで


海があるのかも知れない
あのひとの心が打ち寄せる波打ち際があって
わたしは宝物のように大事にしまっている
耳を寄せて聞いてみるのです
もしかあのひとの鼓動かも知れなくて
ひとしずく、こぼれたら溺れてしまいそうで


海はときどきこわくなる


小鳥が眠っているのかも知れない
いつか飛び立ってしまうあのひとの心を閉じ込めて
わたしのために鳴いてくれる日を夢見ている
ふるえているのは誰?
いいえ、わたしの心臓かも知れなくて
恋しさに突かれて胸の奥が痛くなる


小鳥はときどきさみしくなる


抱きしめていたいからいつまでも たまごのままで
そっと壊れないようにいつまでも 生まれないままで


ああ、春はまあるいのです
まあるくてやさしいのです


そして意地悪な指先で
わたしをつかまえてしまう


だから逃げようとしても追いかけてくる


生まれようとしている あふれようとしている


わたしの心を


2016年3月26日土曜日

夜明けのサティ



まなざしを夢に見るまで耳奥に遠い旋律夜明けのサティ


君だけを知っている記憶、冬風に燃える炎よいつか雪片


いつの日かめぐり来る日のグノシエンヌ海にピアノを置きざりにして


さすらいは窓を過ぎ行く頬杖の遠い汽笛を聞く夜昼の


雪の馬駆けてゆくごと抱きしめてジュトゥヴ君のうつくしい冬


いつまでも待っていると囁いた、木立のなかの静かなる月


まどろみの踊る爪先すべる指ジムノペディの春は近づく


雨音が叩く鍵盤胸にあそびやさしいことを独りかぞえる


おもいでに唇(くち)に含ます角砂糖誰も知らないノクチュルヌでも



2016年1月27日水曜日

雪が降る、一月に言葉は



きみは、ぼくの、愛の痛み
そして誰も知らない言葉だった


忘れたことのない言葉だった でももう遠い
舌の上に転がしても 口にすることさえ遙かで


雪が降る、雪が降る、ぼくのさびしい昼に
一月の太陽は輝き こうしてあたらしい夢に
熱情はまだ続いている 雪が降る、まるで
炎に似たセツナサデ 静かにそっと燃えている


振り返ってもいい 誰もいない冷たい道に
陶器の手触りだけが指先に残っている
触れたこともないのに この指に残るあざやかな
あれは、痛みだったろうか
ふいに割ったら指に突き刺さり 血が音もなくしたたるだけの


雪は降る、雪は降る、それとも忘れるというやさしさで


ぼくの、愛の痛み、きみは
言葉はもう思い出してはいけない 残された傷のまま


きみのなまえを ずっと願っていたかった
こぼれるのはただ雪、雪が降る、声もなくして