2008年3月27日木曜日

とらわれの春



わたしの頭にもやがかかってゆく
わたしの目に霞がかかってゆく


何も考えられず何も見えず
わたしはまはだかで歩こうとする
草がからみつき肌を切り裂くのもかまわずに
風になぶられる髪がどんどん伸びてゆき
やがて身動きがとれなくなる
泥のついた爪も土まみれの足も
まるで役には立たない
とらわれ とらわれ


わたしの耳に鳥がまとわりつく
わたしの口に花がまとわりつく


わたしの髪に鳥が巣をつくり
わたしの顔に種が根をはろうとしている
盲目のわたしの眼窩をつらぬいて
花が咲くだろう 鼓膜をつきやぶり
鳥がつんざいて飛び立つだろう
わたしは花粉にまみれてどうしようもなく
小さく唇をひらいたまま
とらわれ とらわれ


永劫しくまれた罠だ
いつかすべてわたしを裏切ってゆくため、の


わたしは樹木 わたしは土くれ
風のふるえ 浮かされた熱
春というやまい



2008年3月12日水曜日

ホリデイ



ホリデイ
青空にはためく白い洗濯物
私は音の出ない口笛を吹きながら
遠くに走る車のきらめきを見ていた
いつか見た潮騒のようだとふと思う
あなたはまだ帰って来ない
風が気持ちいいわ 春のように


ホリデイ
好きな人がいるの
胸の中でいつもなぞっている
なぞなぞのように 解けない問題のように
胸がきりきり痛んで涙が出てしまう
だけど誰にもいえない
私は秘密をすこし楽しんでいる


ホリデイ
つけっぱなしのテレビからニュースが流れる
暖かくなったらどこかの海へ行きたい
坂道を下りたらふいにきらめく海
そんな事を想像して風が吹く
あなたが帰って来たらおねだりしようか
新しい服を買って この足に似合う靴を


ホリデイ
スカートをふくらませてダンスを踊る
あなたはまだ帰って来ない
風が気持ちいいわ 春のように



2008年3月5日水曜日

水の恋歌



私は流れてゆく
水のようになめらかに
時には滔々(とうとう)
時には穏やかなせせらぎになり


私に映るのは雲の流れ
陽のきらめきがいくつも反射する
あるいは透過して泳ぐ魚の群れ
闇が奏でる光の輪
鮮やかな夕光の染みが広がり
やがて沈んだ夜に支配される


一日が始まり
一日が終わってゆく


水紋をくっきりと描いて
ある日浮かぶ舟もある
やさしい指先で水を撫ぜ
あなたの舟は私をひどく惑わせる
そっと覗き込む水底に
何が映っているのだろうか


私はあなたへ手をのばす
風が水面を踊ってゆく
寄りそう心に花もこぼれ
あなたはそれが見えるだろうか
私の心に深く深く沈んでゆく
一輪の小さな花を


私は見つめている
去ってゆこうとする舟足を


舟を沈めたいと願うのは
ほんのつかのまの翳(かげ)
そして私は流れてゆくのだ
水のようにまたなめらかに