2010年12月9日木曜日

風のゆびさき



雲を問う風のゆびさき振り向いて頬をかすめる秋はひそかに


かなしみもよろこびもただ共にあれいとしいといってまだ青い林檎


まなざしに目を手のひらに指かさね日々を夢みる風さえつれて


我が愛は醸す美酒(うまさけ)あのひとの淋しさに似た十月の葡萄


黄葉ひとつ木もれ陽ひとつこぼれ落ち落葉溜りに光るひといろ


かなしみとよろこび生きるこのこころ代弁してよねえ赤い林檎


Esperanza 目を瞠いて駆け抜けるあるいは風のわたくしの馬


風、風、風、やわらかく啼け永遠の胸をひらいて君を旅する


行き先は知らなくていいガラス越しくちづけるゆめ揺られて冬へ



2010年11月11日木曜日

四季



春はあなたの名前を呼ぶ
小鳥のように 何度も何度も
春はひとつの真昼の花になって
光に咲きみだれ 狂おしく唇に口づける


      *


夏は星を探して指をのばす
遠くからあなたの気配がやってくる
草むらの夜の中で手を握り合って
それから夏は永遠の鼓動で満たされる


      *


秋は湖に浮かぶ一隻の小舟
ただひとつの言葉を耳もとで囁く
ただひとりのあなたの魂に触れ
静かに秋は風の夕べに抱(いだ)き続ける


      *


冬はあなたの遠いまなざし
火が燃えている 決して消える事のない
冬は降りしきる雪の夜明けへ
瞳のおくにまだ見ぬ原野を探す旅に出る


2010年10月13日水曜日

ナイチンゲール



あなたを思うのは
まだ青い霧がたちこめる夜明け前
それとも名も知れぬ花が香る陽のひかり
夜がやってくる吐息のまにまに


あなたを求めるのは
後れ毛が風に震えるようにひそかに
梢の青い葉に赤みがさすように
この胸の押さえきれない血潮から


ナイチンゲールが鳴いた、


あの時から風が吹いて私の窓辺を揺さぶる
時には風に抗い耳をふさいでも
その声はいつの日も胸の奥に響いてくる
痛みに似た喜びが広がるのだ
朝の初めの水滴がこぼれ落ちて
水面(みずおもて)にくっきりと波紋を描くように
深く深く奥底に浸透するように


私のナイチンゲール
その胸から血を流しやさしく囀る
運命の棘よ 白い花を真っ赤に染めて
あなたを感じ私もまた血を流している


夜明け前の青い夢の中であるいは


2010年9月16日木曜日

Ave Maria












私の大好きな「Ave Maria 」。聖母マリアへの祈祷。そのための厳かな教会音楽からピアノの練習曲まで、それこそたくさんあるのに驚きました。その中でも私のお気に入りはジュリオ・カッチーニです。とても情感豊かな曲で、深く心を打たれます。しかし、この曲、本当はウラディーミル・ヴァヴィロフという、ロシアの作曲家が作った比較的新しいものだと知り、いささかショックでした。確かに従来のバロック音楽とは異質かも知れません。英国のロバート・プライズマン作曲のものと相通ずるものがあるような気がします。
新しい時代の音楽。Libera が歌うこちらも大好きな「Ave Maria 」です。彼らもエンジェルヴォイスでカッチーニを歌っていますが、ベラルーシ出身のカウンターテナー、Slava の歌声は忘れられません。


2010年9月9日木曜日

緑の蝶



渇く忘れ去られた庭に光があった
錆びついた鉄柵はきしみを告げる
ほしいままにはびこる夏草が
風を連れて通り過ぎてゆく


忘れ去られた庭の
土は乾いて陽盛りだけが
影を作り 思い出を形作り
かつてあったものを浮かび上がらせる


 あかつきの星 ゆうぐれの星
 は どこに
 やさしい面影はどこに
 手のひらを重ね合った人は


あかつきの星 ゆうぐれの星を探し
僕は一人荒れ庭をさまよう
今は盲目だけが時のよすがになり
この風の過ぎ行きに消えてゆくのか


差しのべる指の隙間を


飛び立つものは一頭の蝶
何ごともなく ただの偶然に


蝶よ
僕の心は遠すぎる
蝶よ
指先をかすめていった


2010年8月11日水曜日

まぼろしの鳥



なきながら翼広げる影のあり雲間にもえる鳥のまぼろし


胸破り飛ぼうとするか呼子鳥光を背負いこだま待つ空


その薔薇を朱に染め抜いてわが小鳥囀る歌よ棘も忘れて


夏至の夜火を飼い馴らし見つめ合う見知らぬ森であなたとわたし


傘を捨て葉陰去りゆく思い出かためらいもせず雨も雫も


目を瞑り寄りそうほかなく二人して七夕夜に星を失い


雨のあと貝殻みたい黙り込むわたしの海はとても静かで


あの日から Adieu 囁くくちびるをまた過ぎてゆく夏草の駅


繰り返しくりかえしその頬骨にのばす指さき夏は過ぎゆく



2010年7月14日水曜日

海のあなた



あなたのくちびるから海がこぼれる
塩からい水が胸を濡らすから
わたしは溺れないように息をする
そっと息をする


空の高みが恋しいと指先をのばし
両手を広げてみるけれど
あなたの海が追いかけてきて
わたしの心は黄昏になる
そして星がまたひとつ燃えてしまう
胸に焼きつけられてしまう、から


どうか鴎になって飛んでいく前に
口移しで海をわたしにください
潮の香りが満ちてきて
小舟のように揺れるでしょう
どこまでも流されて
あなたがすべて海になるまで
海が残らずあなたになるまで


     それからわたしは海を抱いて
     わたしは海を呑みこんで
     わたしは海を身ごもったまま


いいえ 本当は翼なんていらないのです
あなたの膝枕でこうして
いつか魚になって暗闇で眠るように
ずっとそうしていられたら、と



2010年6月9日水曜日

感触



うす青く空にひらいたドアの隙間から
輝く雲が覗いている 
今も遠くはなれて君をおもう
見えない手のひらで
君をそっと抱き寄せる
(いつの日もよすがを探している)
(途方に暮れて)
あるいは意味などないにしても


鮮やかに芽吹いた緑の道を歩く
また一歩踏みしめる
残してきた春をいとおしむように
小指にほんの少し
草の汁を擦り込んで
(誰もが知っているなつかしさで)
(頬に触れる)
それはあの日の夢にも似ていた


いつか歩いた
(そして 星が輝く)
線路の匂いを嗅いだような気がして
そして振り返る
ためらいがちな 風
風よ その感触を知っている



2010年5月13日木曜日

つぶやく春を



風すこしあかるい街の片隅で Cover me またつぶやく春を


なみだ涙こぼれてもいい胸濡らしそこにたまれば空を映そう


雨の朝、こぼれる雫受けかねてただごめんねと呟いてみる


目隠しでくちづけされる水中花君と溺れる春の水槽


春の日をもとめる指に光あれ揺られて静か水仙香る


うすあおいガラスのような四月の日うそ鳥になりナキマネする日


あめ雨雨、とめどなく窓打つまひる辿る指さき痛みだけ知る


桜さくら、目の中に咲く夢に咲くいつかどこかで見たような春


遠き日を汽笛を風を寄せ返す海の響きを一人待つ道





2010年5月6日木曜日

Far Away









Libera はサウスロンドンを拠点とする変声期前の少年を集めた英国のボーイソプラノグループ。従来の聖歌隊の形にこだわらない新しい合唱団でもあります。声変わりしても、低音部が存在するそう。とはいえ、やはりそのつど顔ぶれも変わってしまうのですが、その天使の歌声はいつも人を魅了してやみません。
「Far Away」はNHKのドラマ「氷壁」の主題歌で、Libera を日本で一躍有名にした曲でした。私はドラマは見ていないのですが、この曲は何度聞いても心を打たれます。やはりマイケル・ホーンキャッスルくんの歌声が一番すてき。






2010年4月8日木曜日

四月の部屋

           
 
ある日突然窓を開けて
一羽の鳥が飛び立ってゆく
ある日それは静かに晴れた朝で
まるで船出のリボンをなびかせて
とても陽気に飛んでゆく空を


私の小指にはリボンが結ばれていて
ただ黙って眺めています
どこまでもどこまでも途切れる事のない
春はゆるいカーヴを描いて
おどけたように私の前に立ち現れる


こんにちは さようなら
またいずれかの朝を


ある日偶然手紙が届いて
お元気ですか、とたった一言
すでに予感していたその言葉を
私は反芻してみます根気強く
そして宛名のない封筒に涙のくちづけを


手のひらには小さな鍵がひとつある
まだ試してはいないのです
けれど私の胸の鍵穴にぴったり合うでしょう
一羽の鳥がふるえて蹲っている
ある日飛び立つ空を夢見ながら


こんにちは また明日
いつかいずれかの春に

 

2010年3月11日木曜日

水を渡る



手をのばせばつかめそうで
指のあいだからこぼれ落ちてゆくもの
きらきらと きらきらと
それは光っている 踊っている


     *


春の訪れ、光まぶしいこの水辺
まだ若い水草がさやさやと絡みつく
むきだしの脛まで冷たい水に浸りながら
わたしは歩いてゆく 風の方角へと


あなたはまるで切っても切れない絆のよう
水面を覗くと微笑みが見える
わたしをすべて見通すあの瞳で
そうしてあなたの中にわたしを見るだろう


わたしはわたしをそっと抱きしめる


     あなたはわたし


     *


水の上を名もない風が渡ってゆく
かすかなさざ波を立てながら彼方へ
歌をくちずさみながらまだ見ぬ彼方へ
手をのべるとあなたの呼ぶ声になる


わたしはわたしの声を知らない


     わたしはあなた


     *


耳を澄ませている
名もない心を抱いたまま
わたしもいつか風になってゆこう


透明な飛沫を上げながら
軽やかな足どりで 振り返りもせず
(きっと夢の中のように)


わたしは歩いてゆく
歩いてゆく