2016年4月25日月曜日

春のたまご



春はまあるいのです
まあるくて秘密を抱えているのです


淡い色で揺れている わたしの胸のうち


やわらかくて抱きしめてしまいたくなるもの
それともきつく抱きしめて壊したくなるもの


本当は好きって言いたいのに 口をつぐんで


海があるのかも知れない
あのひとの心が打ち寄せる波打ち際があって
わたしは宝物のように大事にしまっている
耳を寄せて聞いてみるのです
もしかあのひとの鼓動かも知れなくて
ひとしずく、こぼれたら溺れてしまいそうで


海はときどきこわくなる


小鳥が眠っているのかも知れない
いつか飛び立ってしまうあのひとの心を閉じ込めて
わたしのために鳴いてくれる日を夢見ている
ふるえているのは誰?
いいえ、わたしの心臓かも知れなくて
恋しさに突かれて胸の奥が痛くなる


小鳥はときどきさみしくなる


抱きしめていたいからいつまでも たまごのままで
そっと壊れないようにいつまでも 生まれないままで


ああ、春はまあるいのです
まあるくてやさしいのです


そして意地悪な指先で
わたしをつかまえてしまう


だから逃げようとしても追いかけてくる


生まれようとしている あふれようとしている


わたしの心を


2016年3月26日土曜日

夜明けのサティ



まなざしを夢に見るまで耳奥に遠い旋律夜明けのサティ


君だけを知っている記憶、冬風に燃える炎よいつか雪片


いつの日かめぐり来る日のグノシエンヌ海にピアノを置きざりにして


さすらいは窓を過ぎ行く頬杖の遠い汽笛を聞く夜昼の


雪の馬駆けてゆくごと抱きしめてジュトゥヴ君のうつくしい冬


いつまでも待っていると囁いた、木立のなかの静かなる月


まどろみの踊る爪先すべる指ジムノペディの春は近づく


雨音が叩く鍵盤胸にあそびやさしいことを独りかぞえる


おもいでに唇(くち)に含ます角砂糖誰も知らないノクチュルヌでも



2016年1月27日水曜日

雪が降る、一月に言葉は



きみは、ぼくの、愛の痛み
そして誰も知らない言葉だった


忘れたことのない言葉だった でももう遠い
舌の上に転がしても 口にすることさえ遙かで


雪が降る、雪が降る、ぼくのさびしい昼に
一月の太陽は輝き こうしてあたらしい夢に
熱情はまだ続いている 雪が降る、まるで
炎に似たセツナサデ 静かにそっと燃えている


振り返ってもいい 誰もいない冷たい道に
陶器の手触りだけが指先に残っている
触れたこともないのに この指に残るあざやかな
あれは、痛みだったろうか
ふいに割ったら指に突き刺さり 血が音もなくしたたるだけの


雪は降る、雪は降る、それとも忘れるというやさしさで


ぼくの、愛の痛み、きみは
言葉はもう思い出してはいけない 残された傷のまま


きみのなまえを ずっと願っていたかった
こぼれるのはただ雪、雪が降る、声もなくして



2015年11月27日金曜日

レティシア 青い花を探して



雨が降っている、と 長い髪を翻して駆けていった


レティシア 君を探して見知らぬ夢をさまよっている
あれは君だったの 夢のなかでそっとくちづけをかわした


誰もいない図書室で本をひらいて
陽だまりに読みふけった異国のものがたり
それとも微睡にふたりで夢に見た青い花だったろうか


空の色を映した花、どこかに咲くその花を
いつか想像してぼくたちは泉を飛び越えた
青い花、君の目のように、雨のように、
雨宿りをした木陰は君の心臓のように静かだったね
レティシア 君は素知らぬふりで目のなかに愛を飼う


かなしい時に君は泣かなくてうれしい時に涙をこぼす
小鳥のようにふるえてふたりは滴るしずくを見つめていた
きれいだと、一瞬時がとまった


あれは青い花だった?レティシア 君の目のなかに咲く


いいえ それはもう出会ったことさえない遠いむかし
遠いおはなし なのに
何遍も何遍も ほらこんなふうに愛しく
わたしのなかにあなたが降りそそぐ
雨のように、わたしを駆け抜けていった


レティシア 君を探して見知らぬ夢をさまよっている
あれは君だったの 夢のなかでそっと耳もとにささやいた


雨が降っている、と ぼくたちの目のなかにいつまでも



2015年10月21日水曜日

水辺の恋



花一輪、波紋を作るみずうみにたゆたう心七月の舟


摘み捨てて赤い花ばかり選んでは水辺の恋の淋しいあそび


白い鳥飛び立つ果てに海がある君の涙をもとめて遠く


いとしくて細い指さきのばしては摘み取る果実青い雨が降る


祭り前夜ツインソウルの見る夢に目覚めるあしたリボンをほどく


夏の終わり帽子を風に翻し君のカルナパルつばさひろげて


星月夜、見つめ返すは遠い窓カレイドスコープを覗くまなざし


ただ君に寄せてゆく波いたずらに朱をこぼしつつ秋草の岸


水の重さ愛する罪はウンディーネ君の背中に雨音を聴く



2015年9月15日火曜日

九月の少年



やがて九月、と声が耳もとをかすめてゆく
窓辺にはレースのカーテンがひるがえり
夏の少年が静かに微笑む


君はどこからか来て何も言わずに去って行った
知らない言葉だけがわたしをさみしくさせて


九月の慰めは夏の衰えを隠すように
少年はきらきらと水をしたたらせる
光りをくちびるに軽く含んでさえいる


うつくしい、といつか囁いた日々


愛されていたその瞳に空を映しているの
雲がゆっくりと流れてゆく


いいえ それは風だったろうか
君が溺れた、白い足を水草にからませて
音もなく流れてゆく わたしのこころを
この風のように



2015年7月22日水曜日

いつかわすれたうたが



いつかわすれたうたが
君のくちびるにのぼったら
一艘の舟がこぎだすだろう
夕陽の海へ 雲のかなたへ


 (そして、振り返ることもなく)


いつかわすれたうたが
君のなみだにかわったら
一羽の鳥がとびたつだろう
夕陽の海へ 白い羽根をこぼして


 (ひとひら、まぶしく落ちていった)


戻っておいで わたしのこころよ
波濤はひかりを増してゆく
それだけが痛みのように
戻っておいで かつて愛したものよ
目を閉じると
夕陽の海ははるかな君へとつづいている


 (もえているのは あれは赤い花、
  血のような赤い花、)


いつかとばなくなった鳥が
君のつばさにかわったら
いつかわすれたうたを
君はうたって