2007年8月10日金曜日

淋しい馬



それは朝陽を煌々と浴びる
蜜のような栗毛だったろうか
それとも夜のように流れる黒いたてがみ
そんな事は重要ではないのかも知れない
長いまつげを震わせる一頭の馬が
街角をひっそり駆けてゆく
人気のない真昼の路地を
朝まだきの湿った草原を
黄昏にひしめく交差点のただなかを


ふとした拍子に馬は立ち止まり私をじっと見る
そのやさしい眼差しに手を差しのべたくなるのだ
鼻づらをそっと撫でながら
豊かなたてがみに頬を寄せて
このままずっと二人きり寄りそって
すべてを忘れて眠ってしまいたくなるのだ


けれど馬はまた走り続ける
何ごともなかったかのようにただひたすら
時には他の馬たちと群れになり
あるいは孤独に突き進みながら
はるかな流線を描いて馬は走ってゆく
その蹄のあとを追いかけて行きたくても
私には許されていない 眺めるだけ
ふと光が射して影が出来るように
淋しい背中を眺めるだけの


馬はいつもひたむきだ
淋しいのはきっと私の方なのだろう
いつまでも追いつく事のかなわない時間に
飛び越える事もかなわない日常に
馬は軽やかに走ってゆく
今日も美しいたてがみを蹄を光らせて


2 件のコメント :

  1. 先程、帰りの電車の中で、昔の詩を読んでみようと思って、この作品に出会いました。あまりの嬉しさに、途中で読むことを止め、暫く陶酔感を噛み締めていました。只々、良い、としみじみ思います。岩瀬さんの様な書き手が、日本語の文化を良い方に支えるのだな、と思いました。岩瀬さんの詩の秘密を見つけて、自分の作品に活かせたら、と感じています。本物の詩人にやっと会えました。お知り合いになれて、光栄です。

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  2. Yさん、私はただひっそりと詩を書いているに過ぎません。大げさですよ(笑)。古い詩を読んで下さって嬉しいです。馬が好きなので、これもその一編ですね。私にとっての馬は夢まぼろしのような生き物です。

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