2011年1月13日木曜日

冬のオフィーリア



雪が降ってくるのです
音もなく 羽毛のように
やわらかく 花片のように
雪が降ってくるのです
見えない雪がすべてを包んで
私を埋めてゆく 冬の森


ごらんなさい
遠くから蹄が駆けてきて
立ち止まる影がある ふいに
木間から私を覗う冬の瞳よ
振り向くと誰もいない
ただ 雪だけが れいれいと


 ねえ あなた
 胸がくるしいの
 思いだけが泡のように
 立ちのぼる 立ちのぼって
 空の果てから落ちてくる
 あれは雪、雪です


 (何も知らない
  知ってはならないのです)


指がのびてきて頬に触れる
なぜそんなにやさしい手つきで
私は息もできず水に溺れ
抱き合ってくちづける冬の川
永遠は流れゆく 私のなかへ
私の口腔をつき破り


 ねえ あなた あなた
 木霊する、あなた
 見えない雪を花のように飾る
 このたえまないもの


 (未来の夢を見る 
  あるいは過去へ遡るように)


雪が降ってくるのです
音もなく 羽毛のように
やわらかく 花片のように
雪が降ってくるのです



2010年12月9日木曜日

風のゆびさき



雲を問う風のゆびさき振り向いて頬をかすめる秋はひそかに


かなしみもよろこびもただ共にあれいとしいといってまだ青い林檎


まなざしに目を手のひらに指かさね日々を夢みる風さえつれて


我が愛は醸す美酒(うまさけ)あのひとの淋しさに似た十月の葡萄


黄葉ひとつ木もれ陽ひとつこぼれ落ち落葉溜りに光るひといろ


かなしみとよろこび生きるこのこころ代弁してよねえ赤い林檎


Esperanza 目を瞠いて駆け抜けるあるいは風のわたくしの馬


風、風、風、やわらかく啼け永遠の胸をひらいて君を旅する


行き先は知らなくていいガラス越しくちづけるゆめ揺られて冬へ



2010年11月11日木曜日

四季



春はあなたの名前を呼ぶ
小鳥のように 何度も何度も
春はひとつの真昼の花になって
光に咲きみだれ 狂おしく唇に口づける


      *


夏は星を探して指をのばす
遠くからあなたの気配がやってくる
草むらの夜の中で手を握り合って
それから夏は永遠の鼓動で満たされる


      *


秋は湖に浮かぶ一隻の小舟
ただひとつの言葉を耳もとで囁く
ただひとりのあなたの魂に触れ
静かに秋は風の夕べに抱(いだ)き続ける


      *


冬はあなたの遠いまなざし
火が燃えている 決して消える事のない
冬は降りしきる雪の夜明けへ
瞳のおくにまだ見ぬ原野を探す旅に出る


2010年10月13日水曜日

ナイチンゲール



あなたを思うのは
まだ青い霧がたちこめる夜明け前
それとも名も知れぬ花が香る陽のひかり
夜がやってくる吐息のまにまに


あなたを求めるのは
後れ毛が風に震えるようにひそかに
梢の青い葉に赤みがさすように
この胸の押さえきれない血潮から


ナイチンゲールが鳴いた、


あの時から風が吹いて私の窓辺を揺さぶる
時には風に抗い耳をふさいでも
その声はいつの日も胸の奥に響いてくる
痛みに似た喜びが広がるのだ
朝の初めの水滴がこぼれ落ちて
水面(みずおもて)にくっきりと波紋を描くように
深く深く奥底に浸透するように


私のナイチンゲール
その胸から血を流しやさしく囀る
運命の棘よ 白い花を真っ赤に染めて
あなたを感じ私もまた血を流している


夜明け前の青い夢の中であるいは


2010年9月9日木曜日

緑の蝶



渇く忘れ去られた庭に光があった
錆びついた鉄柵はきしみを告げる
ほしいままにはびこる夏草が
風を連れて通り過ぎてゆく


忘れ去られた庭の
土は乾いて陽盛りだけが
影を作り 思い出を形作り
かつてあったものを浮かび上がらせる


 あかつきの星 ゆうぐれの星
 は どこに
 やさしい面影はどこに
 手のひらを重ね合った人は


あかつきの星 ゆうぐれの星を探し
僕は一人荒れ庭をさまよう
今は盲目だけが時のよすがになり
この風の過ぎ行きに消えてゆくのか


差しのべる指の隙間を


飛び立つものは一頭の蝶
何ごともなく ただの偶然に


蝶よ
僕の心は遠すぎる
蝶よ
指先をかすめていった


2010年8月11日水曜日

まぼろしの鳥



なきながら翼広げる影のあり雲間にもえる鳥のまぼろし


胸破り飛ぼうとするか呼子鳥光を背負いこだま待つ空


その薔薇を朱に染め抜いてわが小鳥囀る歌よ棘も忘れて


夏至の夜火を飼い馴らし見つめ合う見知らぬ森であなたとわたし


傘を捨て葉陰去りゆく思い出かためらいもせず雨も雫も


目を瞑り寄りそうほかなく二人して七夕夜に星を失い


雨のあと貝殻みたい黙り込むわたしの海はとても静かで


あの日から Adieu 囁くくちびるをまた過ぎてゆく夏草の駅


繰り返しくりかえしその頬骨にのばす指さき夏は過ぎゆく



2010年7月14日水曜日

海のあなた



あなたのくちびるから海がこぼれる
塩からい水が胸を濡らすから
わたしは溺れないように息をする
そっと息をする


空の高みが恋しいと指先をのばし
両手を広げてみるけれど
あなたの海が追いかけてきて
わたしの心は黄昏になる
そして星がまたひとつ燃えてしまう
胸に焼きつけられてしまう、から


どうか鴎になって飛んでいく前に
口移しで海をわたしにください
潮の香りが満ちてきて
小舟のように揺れるでしょう
どこまでも流されて
あなたがすべて海になるまで
海が残らずあなたになるまで


     それからわたしは海を抱いて
     わたしは海を呑みこんで
     わたしは海を身ごもったまま


いいえ 本当は翼なんていらないのです
あなたの膝枕でこうして
いつか魚になって暗闇で眠るように
ずっとそうしていられたら、と