2017年4月25日火曜日
水中花もしくはオフィーリア
それはひとつの水だった
ある日流れるようにわたしに注ぎ込んだ
それはひとつの風だった
吹き過ぎてなお心を揺さぶるのは
少女は春の花を摘む
長い髪を肩に垂らし何にも乱されることもなく
少女は白い花を摘む
そして川は流れていた 雪解け水が冷たくて
光ははかなく移ろっていく乾いた水
そこに流れようとしていた 水ではない激流が
花はけなげにも今を盛りに咲こうとして
その花束はその花冠は誰のためのもの
あなたに逢うためにわたしは水を渡った
少女は見知らぬおとこのひとを見るだろう
彼の瞳の奥にはふるえる死の光がある
傷を負って赤い血はまるで花のように
その花束はその花冠はあなたのためのもの
その花を真っ赤に染めて川は流れる
その花が白いのは誰かのための祈りに似ている
その花を捧げるようにわたし自身を投げて
見つめ合って ずっとそれを待っていたと知るだろう
あなたを愛するためにわたしは水を渡った
おとこのひとは少女をやさしく抱きしめて
少女は彼にくちづけをした
そしてそのままふたりは水のなかに溺れた
絡み合う長い髪 まるで恋に溺れるように
水のなかにこぼれる花
静かに落ちてゆく花
約束された婚姻の
それはひとつの水だった
流れるようにわたしに注ぎ込む
それはひとつの歌だった
くちずさんでなお心を揺さぶるのは
或いはたましいさえも
2017年1月25日水曜日
夜毎の蝶
誰も知らない そんな夜、
少女のぽっちり開いたくちから一羽の蝶が
それはすみれいろの 夢見るひとのうすい涙のような
蝶が飛んでいった 音もなく
(恍惚めいた ひみつの儀式)
少女はそんなふうに夜毎に蝶を吐き出した
目覚めることのない眠りに包まれて
朝も昼もあどけない瞳を閉じたまま
(まるであえかな人形のよう です)
蝶は窓の向こうで燃え上がり夜明けとなった
羽根の向こうに知らないくにがある
行きたくて
指をのばしてつかまえたくて
そこですべて燃えてしまう前に
蝶は花のように燃え上がり夜明けとなった
たくさんの色彩が奏でる音楽のような
けれど一瞬で消えてしまう美しいもののいのち
(その一瞬に 確かにある永遠を)
羽根の向こうの知らないくにを
きっとすみれいろから黄金色に燃えるそのくにを
夢のまた夢に見ている
(わたしのなかに眠っている ひみつの少女)
いつか少女を揺り起こしてそのかぼそい手を握り
窓を越えて飛んでいくだろう
たくさんの蝶が形作る夜明けのその羽根の向こう
心は (たましいは)
燃え上がり ひとつの炎となる
2016年11月21日月曜日
飛ぶ鳥を探す日
青いってくちにして街は海になる花びら泳ぐ彼方の岸を
まぶた濡らす緑雨は君に降りやまず海の果てに飛ぶ鳥を探す日
永遠に待ちぼうけです目を閉じて探して君の赤い夕焼け
いくたびか甦る夢窓向こう回遊してゆく紫陽花の雨
野の果てにさびしく燃える火、橙(だいだい)にワスレグサ咲き誰を忘れて
風の音それともあれは鳥の声海を思えば白い航跡
また秋に触れるさびしさ金色の穂を揺らしては風の旅人
銀笛は遠く流れて待合室おもいでだけの鳥籠を抱く
飛ぶ鳥をいくつ見送る季節かとまた群青の海になる日々
2016年9月27日火曜日
あいしているの舟
誰も知らない海でした、(けしてあなたのほかには)
舟は出てゆく
夏の入り江、あなたの瞳の奥を
白い鳥は羽根を休めることなく
空にすべる手紙
返事はいらない、ただひとことのさよならを
*
誰かをおぼえて湖になる、(それがあなただとしても)
舟は出てゆく
秋のさざ波、あなたの吐息の影を
赤い落葉は誰にも知られず
水面にこぼれる告白
口に出していえない、あいしているのすべて
2016年6月24日金曜日
赤い糸を君に
あなたの小指に糸を巻きつけました
赤い色をした糸を
風にふるえて揺れている
その糸の先にわたしの小指
(ねえ きれいでしょう この世界は
心でしか見えないものがある)
どこか遠い場所で鳩が飛んだ
わたしたちのことを誰も知らない
ほつれ毛をなびかせて花のように
夏草のなか静かに微笑みを交わす
二人の幸福は川のようだった
小指と小指に赤い糸を絡ませて
知らない林に横たわり目を閉じる
そんな恋だ
あなたとわたし
このままはなれられないように
(ねえ きれいでしょう この世界は
こんなにか細い糸だとしても)
行方知れずになってそれでも
こぼれてゆく時間があるのです
なつかしい歌をいつか思い出す
なつかしいあなたをいつか心に描く
そしてどこかでまた鳩が飛んで
小指と小指の赤い糸は約束のしるし
また逢えますように
意地悪な夢にはぐれてしまっても
何度でもたどりつけますように
あなたとわたし
永遠と一瞬は同じ速さで過ぎる
あの孤独な鳩のように
あなたと繋ぐ糸を憶えている
この心をずっと知っていた
2016年4月25日月曜日
春のたまご
春はまあるいのです
まあるくて秘密を抱えているのです
淡い色で揺れている わたしの胸のうち
やわらかくて抱きしめてしまいたくなるもの
それともきつく抱きしめて壊したくなるもの
本当は好きって言いたいのに 口をつぐんで
海があるのかも知れない
あのひとの心が打ち寄せる波打ち際があって
わたしは宝物のように大事にしまっている
耳を寄せて聞いてみるのです
もしかあのひとの鼓動かも知れなくて
ひとしずく、こぼれたら溺れてしまいそうで
海はときどきこわくなる
小鳥が眠っているのかも知れない
いつか飛び立ってしまうあのひとの心を閉じ込めて
わたしのために鳴いてくれる日を夢見ている
ふるえているのは誰?
いいえ、わたしの心臓かも知れなくて
恋しさに突かれて胸の奥が痛くなる
小鳥はときどきさみしくなる
抱きしめていたいからいつまでも たまごのままで
そっと壊れないようにいつまでも 生まれないままで
ああ、春はまあるいのです
まあるくてやさしいのです
そして意地悪な指先で
わたしをつかまえてしまう
だから逃げようとしても追いかけてくる
生まれようとしている あふれようとしている
わたしの心を
2016年3月26日土曜日
夜明けのサティ
まなざしを夢に見るまで耳奥に遠い旋律夜明けのサティ
君だけを知っている記憶、冬風に燃える炎よいつか雪片
いつの日かめぐり来る日のグノシエンヌ海にピアノを置きざりにして
さすらいは窓を過ぎ行く頬杖の遠い汽笛を聞く夜昼の
雪の馬駆けてゆくごと抱きしめてジュトゥヴ君のうつくしい冬
いつまでも待っていると囁いた、木立のなかの静かなる月
まどろみの踊る爪先すべる指ジムノペディの春は近づく
雨音が叩く鍵盤胸にあそびやさしいことを独りかぞえる
おもいでに唇(くち)に含ます角砂糖誰も知らないノクチュルヌでも
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