2008年12月18日木曜日

忘れるということ



忘れてください
と、口にした時から忘れられなくなる
ふいにこぼした言葉も
思いつめた頬の感じも


忘れてください
忘れたものは戻ってこないと知っている
ある日ふとまざまざと
風に揺れていた花のかたち
あの赤い色を思い出しても


忘れてください
忘れられたものはどこへ漂っているのだろう
思い出すまで 思い返しても
もう手にとることも
抱きしめることもないというのに


忘れてください
少しずつ砂山が崩れるように
陽だまりの花が萎れるように


忘れてください
こうして言葉にしてしまったからには
忘れるしかないのだと気づく
握りしめていた思いを
そっと手ばなす そっと見送る




2008年11月13日木曜日

昼の月 夜の太陽



昼の月が
うすく広げた空に突き刺さって
鳥がはるか弧を描く
海には舟が帆を上げる季節
だけど二人して手を振るよ
ナイフを研いで
ランチョンマットの上で旅をする
私たちの恋ははじまったばかり
ラズベリジャムが唇にこびりつき
白い歯がこぼれる
モンシェリ 手をつないで
浜辺を駆けてゆこう


   *


夜の太陽が
暗い森の彼方で燃えている
落ち葉が雨と降るなかを
肩寄せて歩く内緒の小径
そして二人にも秘密がある
焚き火を囲んで
胸をひらいて明けないものを探す
私たちの恋は終わりがない
ウールブランケットにくるまって
やさしさに落ちてゆく
マシェリ 手をはなさないで
このままどこか遠くまで




2008年11月5日水曜日

訪れ



障子に陽がうすら射すと
はらはらと
失われた記憶が降って来る
わたしを見つめる瞳がある
胸のなかをそっと覗くように


わたしはきつね
さびしいきつね
指でなきまねをする


ひとりあそびの束の間に
ひらひらと
重なる影がひとつ揺れる
なぜだか胸が痛くなって
障子を開くと銀杏の落葉(らくよう)


ちょうちょ
ちょうちょ
今にも飛んでゆきそうな


とどまらず漂いゆく光よ
きらきらと
一瞬の命に心は魅せられる
あるかなきかの予兆にも似て
この指先をかすめてゆくのは



2008年10月7日火曜日

ダナエ

 
悲しい歌を忘れられない
あなたがいつか手をのばす
その先に何があるのか
指先は語る事を知らず ただ
まばたきもせずに一心に見つめる
あなたのあの眼差しが欲しいと思う
風さえも忘れる束の間のとき


あの蒼みを帯びた窓に光が射し
わたしの見ているすべてが
鮮やかに色づいて来る
それを季節のせいにしている
何も気づかぬふりで


窓辺の小鳥を逃がすように
あなたをそっと遠くに放したい
あなたは空高く舞い上がり
やがてはじめての雨になる
きらきらと光りながら降りそそぐ
わたしはその雨に打たれたいと願う
たったひと雫だけでも受け止めようと


残されたわたしの指だけがもえて
問いかけの言葉はいつか呑み込まれてゆく
ダナエ ダナエ
手をのばせばあなたが近くにいるのに
触れる事さえためらっている


 

2008年7月11日金曜日

姉妹BOX



仲の良い姉妹がいた
双子みたいだったけど
双子じゃなかった
同じ髪型をし同じ目をし
同じ口もとで笑った


寝る時も食べる時も一緒だった
片時もはなれた事がなかった
花が咲く時も
雨が降る時も
二人して眺めて
だからはなれないと決めた


   手をつなぐと見えるでしょう
   宇宙に光る星が
   まるで私たちのように輝いている
   ずっとずっとこうしていよう


ある日姉妹のもとに箱が届いた
何のへんてつもない箱だ
中をのぞくと真っ暗で
気づくと
姉妹は閉じ込められていた


   でも怖くないわ
   手をさぐるとぬくもりが伝わる
   ああ私たちも星になれるでしょう
   だからずっとこうしていよう


何日経ったのだろう
ふいに箱が開けられた
そこには
ひとりぼっちの女の子がいて
目をぱちくりしながら二人を見てた
三人はすぐに仲良くなった
ずっと前から姉妹みたいに


   いいえ これからも姉妹なの
   これからも きっとよ、ね


そしてまた時が過ぎ
星の瞬くほどの時が過ぎ
箱が次々と
意味もなく開けられるだろう
まるで
空につながる星座のつらなり
姉妹が今も生まれ続ける


   さあ手をつなげば分かるでしょう
   もうはなれる事はない
   だって星 私たちは
   だからずっとこうしていよう
   ずっとずっとこうしていよう



2008年6月5日木曜日

緑の雨



あなたは泣いています
あなたは泣いています
緑の雨にずぶ濡れて
ただただこの世がいとしいと


あなたの頭上に垂れ下がる
電線の雫がぽとりと落ちて
ひとつひとつが世界を映してる
あなたの泣き顔も
あなたの目からこぼれる痛みも


まるで緑の葉に垂れ下がる
この世界は蜘蛛の巣のようです
あなたも何かに引っかかり
雫を浴びてきらきら光っています
例えそれがかなしみでも
例えば一瞬にして
通り過ぎる出来事だったとしても


雨が上がれば蜘蛛の巣は
また緑の葉に隠れてしまうでしょう
雨があがればあなたもまた
見知らぬ雑踏の一人です
雨が上がれば頭上の電線も
高い空に走ってゆくだけの


駆け出す思いに立ち止まり
あなたは今見上げてる
あなたのもとに落ちてくる
たくさんの泣き顔と
たくさんの痛みを受け止めて


あなたは泣いています
緑の雨にずぶ濡れて
ただただこの世がかなしいと
ただただこの世がいとしいと



2008年5月20日火曜日

五月の鷹



夜のドレープに裂け目が入る
夜明けが裾にそっとくちづけると
私はすべてを脱ぎ捨て
一羽の鷹になって飛んでゆく
まとわりつく冷気を翼で切りながら
あなたを求めて飛んでゆく


   私はこの目であなたを見透かす事ができる
   あなたのもとへ飛んでゆく事も
   あなたを追う事もできる


私のガウェインよ
まだ眠っているだろうか
霧に包まれたまどろみの中に
まるで眼下に広がる森のようだ
私はその鼓動を知っている
湿ったやわらかな静脈の手触りを
今まさにこぼれ落ちようとする吐息を


   私はこの爪であなたを切り裂く事ができる
   あなたの胸にじっと留まる事も
   あなたを待つ事もできる


誠実なガウェインよ
その夢に私はいるだろうか
ひとときの花に漂う心と知りながら
私をとらえてはなさない蜜だ
ちょうど深い湖に影が映るように
いつまでも旋回してやまない夢だ
あるいはこうして草原を飛んでゆくように


   私はこの声であなたを呼び覚ます事ができる
   あなたの耳に届くようにただ一度
   そのひと声を今啼こう


夢の中の夢で重なる事があるだろうか
あなたの時と私の時
ガウェインよ
その時は翼を広げて飛んでゆこう
夜のドレープが消え入る前に
まだ青い地平線の彼方へ



2008年5月6日火曜日

水際、まだ浅い夏の



光は満ちてゆく
花のような小舟を浮かべて
ふたたびの光は寄せてゆく
まだ浅い夏の水際に


片足を浸して眺めるだけだ
ドアを細めに開けて
そっと知られぬように
飛び立つ小鳥を慈しむように


森はいつか呼んでいた
枝先に若葉を繁らせて
あんなにも光るのは
まなうらを哀しくさせるため
それとももっと遠くへ誘うため
踊るような足どりでつま先で
歩いてゆく陽だまりの小径
森はいつしか呼んでいた
春のひとみを隠していた


何も持たない心で
指先をそっとすべらせれば
水滴がはね上がり
一瞬の虹を描く永遠


風は追いかけてゆく
いくつもみどりの輪を広げて
ふたたびの風は響いてゆく
まだ浅い夏の水際に



2008年4月9日水曜日

千年桜

 
つとさしのべる指先から
はらはらと はらはらと
こぼれては落ちる春の
あれはあなたと私の約束です
遠い日のひめごとです


はらはらと 散ってゆく
くれない 淡紅(うすべに) 淡紅白(うすべにしろ)
そして 白 しろ 白
私の言葉は形にならない
こぼれるだけです
指のあいだから むなしい隙間から


あの日から私は心を置いたまま
身を焦がすだけの
たまゆらとなりました
今宵も小指に紅をからませ
すっと横にひき
待っています 待っています
またこぼれてゆく 指のあいだを


すくおうとすれど
甲斐のないしぐさです


あなたのいとしい指先から
はらはらと はらはらと
私もまた落ちて こぼれて
夢の逢瀬を乱れ咲く
あの春もこの春もその春も


 

2008年3月27日木曜日

とらわれの春



わたしの頭にもやがかかってゆく
わたしの目に霞がかかってゆく


何も考えられず何も見えず
わたしはまはだかで歩こうとする
草がからみつき肌を切り裂くのもかまわずに
風になぶられる髪がどんどん伸びてゆき
やがて身動きがとれなくなる
泥のついた爪も土まみれの足も
まるで役には立たない
とらわれ とらわれ


わたしの耳に鳥がまとわりつく
わたしの口に花がまとわりつく


わたしの髪に鳥が巣をつくり
わたしの顔に種が根をはろうとしている
盲目のわたしの眼窩をつらぬいて
花が咲くだろう 鼓膜をつきやぶり
鳥がつんざいて飛び立つだろう
わたしは花粉にまみれてどうしようもなく
小さく唇をひらいたまま
とらわれ とらわれ


永劫しくまれた罠だ
いつかすべてわたしを裏切ってゆくため、の


わたしは樹木 わたしは土くれ
風のふるえ 浮かされた熱
春というやまい



2008年3月12日水曜日

ホリデイ



ホリデイ
青空にはためく白い洗濯物
私は音の出ない口笛を吹きながら
遠くに走る車のきらめきを見ていた
いつか見た潮騒のようだとふと思う
あなたはまだ帰って来ない
風が気持ちいいわ 春のように


ホリデイ
好きな人がいるの
胸の中でいつもなぞっている
なぞなぞのように 解けない問題のように
胸がきりきり痛んで涙が出てしまう
だけど誰にもいえない
私は秘密をすこし楽しんでいる


ホリデイ
つけっぱなしのテレビからニュースが流れる
暖かくなったらどこかの海へ行きたい
坂道を下りたらふいにきらめく海
そんな事を想像して風が吹く
あなたが帰って来たらおねだりしようか
新しい服を買って この足に似合う靴を


ホリデイ
スカートをふくらませてダンスを踊る
あなたはまだ帰って来ない
風が気持ちいいわ 春のように



2008年3月5日水曜日

水の恋歌



私は流れてゆく
水のようになめらかに
時には滔々(とうとう)
時には穏やかなせせらぎになり


私に映るのは雲の流れ
陽のきらめきがいくつも反射する
あるいは透過して泳ぐ魚の群れ
闇が奏でる光の輪
鮮やかな夕光の染みが広がり
やがて沈んだ夜に支配される


一日が始まり
一日が終わってゆく


水紋をくっきりと描いて
ある日浮かぶ舟もある
やさしい指先で水を撫ぜ
あなたの舟は私をひどく惑わせる
そっと覗き込む水底に
何が映っているのだろうか


私はあなたへ手をのばす
風が水面を踊ってゆく
寄りそう心に花もこぼれ
あなたはそれが見えるだろうか
私の心に深く深く沈んでゆく
一輪の小さな花を


私は見つめている
去ってゆこうとする舟足を


舟を沈めたいと願うのは
ほんのつかのまの翳(かげ)
そして私は流れてゆくのだ
水のようにまたなめらかに



2008年2月7日木曜日

双子の町



太陽がのぼると
鳩がえさをついばみ
教会(イグレシア)の鐘が鳴り響く
レタマ・ブランカの花が
今日も甘い香りを漂わせている
もうひとつの町にも
ここと同じ朝がはじまる


   おはよう


わたしはその町にいる
もう一人のわたしに手紙を書く


   もう泣くのはいいの
   前だけ向いて
   そして笑って


わたしが後ろを向かないと
その町を見ることが出来ない
そっくり同じ石壁と石だたみ
白いレタマ・ブランカの花の下
わたしと同じ顔の少女がほほえむ
日焼けした指がつかのま
差し出される わたしのほうへ


   ねえあいたいの
   つよくつよく
   この手を握って


手紙が投函される頃
夕べの祈りの鐘が鳴り渡る
鳩は巣箱へ帰り
レタマ・ブランカの花は
やさしくつぼみを閉じるだろう
もうひとつの町を思いながら
わたしの一日がこうして暮れてゆく


   ねえあいたいの あいたいの
   つよくつよく
   この手を握って


わたしはベッドにもぐりこみ
もう一人のわたしの手を握りしめる
もうひとつの町にも
ここと同じ夜がはじまる