2014年5月27日火曜日

だれもしらない庭で



だれもしらない庭にだれもしらないあなた
わたしたちは夢をみた
はつ夏のひかりのなかで
あれはあなたの花
ジャスミンのむせる匂いに
秘密めいたあそび くちびるの感触をおぼえた


だれもしらない庭をわたしたちはもとめた
若葉が降りそそぐあなたの目のなかで
ただひとつの言葉をさがした
魔法だった その言葉をくちに含んだ時から
わたしたちの世界ははじまる


夏草がからまるわたしの指に
あなたはそっと手のひらを重ねて


ね、


ささやいた 小鳥のような仕草で
息がとまるくらい 静かな風が流れて


翼が生える夢をみた
きっとわたしたちの背中で育っていた
ひととき の愛
それとも千年のねむりを貪るように
わたしたちは夏草を泳ぐ 終わらない遊戯


ね、


だれもしらない庭にだれもしらないあなた
指をつないで眠った
明日など知らないほほえみで
あなたがたとえわるいひとでも
あなたをたとえ見失ってしまったとしても
ジャスミンの花を髪に挿して
若葉が降りそそぐあの庭で



2014年4月23日水曜日

アグネシュカ 夜明けの森



夜明けの森を夢見た わたしの閉じたまぶたは
光によってひらかれる あなたの白い
春のような指さきで


わたしのためにあなたは生きていた
わたしが悲しいときははらはらと涙を流した
嬉しいときはあなたは花のように微笑んで
黄昏がさびしいと
水のきらめきが美しいとこころを痛める


光と影のようにいつも隣り合って過ごした
もうひとりのわたし 
手をのばせば今すぐあなたに触れるだろう


すみれの花を抱えて途方にくれないように
花の匂いにむせてあなたを見失わないように
一心に森を駆け抜けた 生まれたばかりの足で


 (どこかで鐘が鳴り響く 耳の奥で
  いいえどこか遠い湖の底で)


橋を渡るとあなたが待っている
アグネシュカ 青い瞳にわたしの湖が映る
揺れる長い髪にくちびるを寄せて
わたしはもうひとりのわたしを抱きしめる


あなたをずっと夢見ていた
アグネシュカ 夜明けがもうすぐやってくる
あなたとわたしがひとつになるように
どうか白い指をからめて


あなたに導かれて 夜明けの森を夢見た
森は眼前にひらかれる 翼をひろげた鳥として
ふいに飛び立つ空はすみれいろ


 (どこかで鐘が鳴り響く 耳の奥で
  いいえどこか遠い湖の底で)


 あなたのためにわたしを生きている




2014年3月19日水曜日

邂逅する夢



明け方の目をみひらいて駆けてゆく夢は邂逅すうつくしい馬


やさしさをあつめて君の手のひらにスノードームの粉雪の降る


君に会うために生まれてきたという光射す薔薇窓少女のねむり 


頬杖で過ごす冬日のオルゴール約束の日は春は近づく 


遠ければ歩き続ける道のあり見上げれば空鉄塔に月


恋しさに砂時計をそと傾ける春まだ浅い君の海辺よ


目の奥を濡らしていつか過ぎてゆく雨のサーカス、青いこいびと 


汚れなき翼をあげるゆびさきで君のイカロス抱きしめるため


くちづけをかわして遠く旅に出る Adieu 太陽と月の輝く



2014年2月19日水曜日

花ぬすびと



ある日窓から花を投げた
あのひとが受け取ってくちびるに寄せてから
あのひとが好きになった 恋をした
みずいろの花 むらさきの花 そしてあかい花
あのひとはすべて受け取ってそっと胸にしまった
花ぬすびとのように


あのひとは何も言わなかった
互いの瞳のおくを遠く見つめるだけで
ふたりのあいだを雨が降り雲が流れ風が吹いた
思いを 胸にあるはずの幾千もの言葉を
あのひとはすべて受け取ってそっと胸にしまった
異邦人のように


ある日窓から小鳥を放した
きみどりの鳥 ももいろの鳥 そしてしろい鳥 
晴れた空に鳥たちがハートのかたちを描いて
あのひとはほほえんでただ両手をひろげた
わたしは窓を開けて飛んでゆく
あのひとの腕のなかへ
あのひとのこころのなかへまっすぐに


2014年1月22日水曜日

手のひらの花、そしてあのひとの雪



 (雪降る時間 あのひとの指がきらりとひかる、
  わたしはくもりガラスの向こう側で)


あのひとを思うと 白い雪が降って、
わたしの肩にも髪にも舞い落ちる
そしてわたしは あのひとですべて埋まってしまう
どうか今すぐ来て ここに来て
雪のなかでくちづけて、あのひとを忘れてしまうよう
この世界はあのひとの雪でできている 


 (世界はガラス細工の函のように わたしを、
  閉じこめてうつくしい)


あのひとの手のひらで 花が咲いている、
烈しく火ともえて あかく狂おしくそれは
わたしの胸のおくを焼き焦がす
どうか今すぐ来て ここに来て
雪のなかでもこぼれないようにわたしを支えて
こころは遠く 燠火ばかりが香る


 (手のひらをのべると すぐそばに感じる、
  指と指をむすべば 花はいとしさで)


わたしの 手のひらにも花が咲きはじめる、
どうかここに来て 今すぐ来て
あのひとは抱きしめてはなさないまぼろし
それともやさしく絡みつく指さきで
奪っていこうとする、このちいさな世界さえも
わたしはわたしのなかに咲きほこる花になる


 (雪降る時間 あのひとに抱かれてねむる、
  くもりガラスの向こう側でわたしは)




2013年12月12日木曜日

岸辺にて



君は舟でわたしの岸に逢いにくる瞳のおくの蒼いみずうみ


思いだけが水脈(みお)引いてゆく水の上恋すればただ紅葉はあかく


言葉さえさらわれてゆく風の街耳から耳へささやかれつつ


いつかまた口ずさむうたやがてまた街はたそがれ秋風のなか


黄金に銀杏は燃えて月に日に降り積もるゆめ日々は過ぎゆく


夜明けに、二人だけの星生きてゆく鼓動がいつも胸にかがやく


ぼくたちは夢を見ているカルーセルゆられゆられて世界の果てへ


いつの日かめぐり会う旅野を走る風を分けゆくなつかしい馬


みずうみに鳴る鐘の音岸辺にて幾夜を君のくちづけを待つ



2013年11月20日水曜日

白い鳥、飛んでいった



ね、といって目を閉じた
静かにその翼を閉じるように
ね、あなたの見る夢のなかに
白い鳥、翼をひろげて飛んでいった
その羽ばたきがかすか、耳もとにくちづける


ね、あなたは今も孤独なのだろうか
あの湖にさまよう淋しい舟のように
いつか二人で沈んでゆく夢を見た
わたしは見上げて あなたの指さきが消えるのを
あぶくが涙のように立ちのぼるのを


白い鳥は言葉をうしない、わたしはイラクサを編む
かじかんだ指は時を編む この心あなたに届くように


それは誰も知らない、二人だけの時間
いつか指さきが触れる暁の彼方に
あなたは微笑むのだ わたしをその目でじっとみつめて


ね、あなたの見る夢のなかに
たとえ遠くても行こうとおもう
わたしはきっと白い鳥になってあなたのもとへ
 泣きながらなきながらあなたのもとへ
わたしたちの翼はまだ若くこんなに力強い


白い鳥、翼をひろげて飛んでゆく
白い鳥、あなたの見る夢のはるか遠くへ 彼方へ