2012年12月18日火曜日

いつか旅する日



よく通る口笛ひとつ風道に草の穂ゆれるいつか旅する日


風あかるい野は海の底くちづける花のあわさに惑う光を


過去(すぎゆき)はさびしさ抱きけれどただ慰めるうた風と聞こえて


ゆうべみた夢にさまよいこの朝も抱きしめる風あなたの吐息


果ての空飛び立つ鳥はいつか見た透過する青永遠へつづく


ふるさとは風に吹かれてそこにある記憶の窓のゆびを伸ばせば


忘れては上ってゆくか赤い花ひとつこぼれて冬のきざはし


君に似たいとしさだけが、風花に心とけゆく冬を知ってる


(なつかしいうたをうたって)風道に遠くまなざす瞳ははるか



2012年11月21日水曜日

いつか、



鳥が啼いてゆく
いつか、いつか、いつか、
赤い夕陽がしたたり落ちて
心を焦がす イタイホドニ


近づけばまた遠ざかり
遠ざかるとまた近づく
蜃気楼 日々は


そしてまた鳥が啼いてゆく
尾を引きながら
雲の向こうへ消えていくのを


いつか来るいつか、を思いながら
この道を歩いている
青い風が耳もとを吹き過ぎる
ため息に似た セツナサデ


夢みたものは手をのばしても
まだつかめなくて
どこかであきらめて
それでも忘れられなくて


そしてまた歩き続けて
路地を曲がると
迷い猫がいつか、と囁いたのは


2012年10月18日木曜日

朝の葡萄



君の、夜明けの口唇に
葡萄の粒を含ませる朝
旅立つための翼をいだく
わたしの翼は白いだろうか
それとも燃えて血がにじんで赤く


葡萄の房に朝の雫がこぼれ
風が喜びを歌うとき


ひるがえる鳥の翼よ
光は射して夢の続きを結ぶ
あるいは鳴く鳥の声の限りに
胸に響いている ただ一途


あの葉陰に
あのやさしく戯れた指さき


葡萄は熟して光を帯びた
わたしの愛もあなたを思って満ちる
赤く、それはわたしを流れる血のように
すべて飲み干して
つきることのない泉


遠くどこまでも行こう
たとえまだ言葉がかたちにならないとしても


静かにそっとその目を閉じて――


君の、風に乾いた口唇に
葡萄の粒を含ませて
一度だけの夢をみる朝
口移しで知る永遠のありか
翼は力強く、しなやかに飛ぶ



2012年9月20日木曜日

シアンの心



夏帽子海辺に白い帆を浮かべ旅に出ようか光ある場所


明日さえ忘れて青い珊瑚礁こえて行き着く島があるなら


迫りゆくたそがれのブルー口寄せる君の目にある海のはるかな


胸の火を灯して、犬とオオカミの時間に抱かれ何も見えずとも


慰めは風に散る花君に似たエウリディケの白い指さき


かき鳴らす思い焦がれるこの心風のギターよみずいろの朝


名も知らぬ夢呼び交わす森にしてオルフェ、オルフェ、夏は過ぎゆく


馬が駆けてゆく馬たち、たてがみをなびかせシアンの心のままに


秋すでに口にふくめば引き潮の浜辺を歩くさびしさを抱く



2012年8月23日木曜日

瓶詰の夜



読みかけの本を閉じて結んだ髪をほどく
夜は音もなくすべってゆくベルベット
やわらかに項(うなじ)にまとわりつき


わたしは旅に出る 夜の時間に分け入り
夢の中で出会ったあなたに会いにゆく
待っていて あれは青々と繁る木下闇
それとも丘に続く長い道 今、月がのぼる


流れ星のようにわたしも落ちていった
あなたの心に落ちてどこにも行けず
名もない星を抱いて夢を見ている月
満ち潮のように夜も落ちていった
残されたのはいとしい、あなたのその痛みだけ


草原を渡る風はいつかの唇に触れて
あるかなきかの言葉を告げた
足もとの瓶が倒れて水が流れてゆく


やがて川になりつま先を濡らし心を濡らし
どこへ流れてゆくのだろう 明日さえ知らず
光を求めて手をのばす またページをめくるために
夜明けがさざ波のように満ちてくる


あなた、どうかおやすみの長いキスを



2012年7月19日木曜日

緑の人



あの人は風だった
緑の髪をなびかせ瞳の奥に、あれは
夜明けの光をたたえて 水のようにやわらかい
あの人は風だった
わたしを見つめて笑う 流れる雲を空を映して


あの人は草だった
やさしくからみつく指で慰めて春のように
ひとつの歌が芽生え ひとつの花がふるえて咲いた
あの人は草だった
抱きしめると心臓の音が、それだけがすべてだった


その涙をつたって生まれてきた
ただその涙を拭わずに生きてゆく


あの人は風だった わたしも風だった
緑の髪をなびかせ声の限りに呼んでいる
まだ見ぬ明日を朝を、どうか



2012年6月14日木曜日

プリズム



雨、雨、雨、やさしく閉じて透き通る春の惑いの Aquarium の


ふるえては芽生えるおもいこの胸のうすきガラスを風のララバイ


よんでいる心を奪い冬の鳥はるか Голос 遠くへどこか


空高くウインドベル鳴りやまず花揺れ惑う風の逃走


胸に寄す波打ち際のボトルメール言葉きらめきあふれだす海


舟はゆく水面(みなも)をすべる花明りまして逢瀬は夢の中まで


陽が射せば若葉したたり誘う窓おさない夢よまたよみがえる


空映すグラスに匂うこのあした水のようにか澄みゆくこころ


あれはひかりあれは虹、涙をふいて君のひとみにゆれるプリズム



2012年5月24日木曜日

青いサーカス



目覚めているのは心だけだろうか
雨が降っていた あなたのように
見知らぬ顔でドアをひらいて
涙で濡れたその頬に触れる


     息ができないの
     あなたでなければ、


 
雨の降る窓を、白い雫がたたくガラスの向こう
誰かの名前を呼び続けている
いとしいと恋しいと数えきれない言葉で


わたしの心はブランコのように揺れ惑う
あなたと恋しさのあいだを行ったり来たり
まるで言葉をおぼえて唇にのせてあそぶよう
あるいは水の中の淡いくちづけに似てくるしい


目覚めているのは心だけだろうか
もうひとりのあなた 手のひらを重ね合う
触れてはすぐに消えゆくぬくもりが
いつしか心を蝕んでゆく


    お願いはなさないで
      あなたの指を探し永遠の旅をするわたし、


そして見つめ合って夢見る、青いサーカス
雨が降っている 愛のように今も



2012年4月12日木曜日

海辺にて



潮騒がさわいでいる
白い手のひらを翻しながら


あなたが光を浴びて笑う海辺です
わたしがまぶしそうに昼の月を探す
あなたが風に吹かれてたたずむ海辺です
わたしが泣きだしそうに砂に貝を拾う
波にたわむれて歩く素足に
物問いたげな時が寄りそう


あなたは逃がさないように
あなたは時をしっかりつかまえた
確かな指先でそっと
わたしの心を握りしめる
すべてつかまえようとしては駄目
風のようにいつかすり抜けてしまうから


あなたは春のひとみを持ち
わたしを見つめる永遠の海辺です
こぼれるのは涙だけでいい
あまさないように抱きしめていようと
不器用なあなたを
臆病なわたしを


ほら潮騒がさわいでいる
白い手のひらを翻しながら


ひとみを逸らして駆けてゆく
あなたのやさしい指先を逃れて


遠く春の海が光る、


2012年3月15日木曜日

あした



あしたひらくドア、そして窓雪のごとこころに積もる言葉はありや


思い出すなつかしいうた冬の日のふいに飛び立つ鳥の似すがた


赤い実を痛みを噛んだくちびるを指でなぞれば遠い夕陽を


モネの庭春を夢見るゆくりなく花びら散って雪降るあした


やさしさを待っている森人は去り時移るとも花を抱く手よ


誰もいない窓に寄りそい見つめ合う青いサーカス、雨降る時間


まなざしで追いかけてゆく日々は海波濤は光る時の船出に


また出会う淋しさもとめ鳩は啼く空もこころもくるりまわって


その頬にながれる水は春の水口移し飲むあしたに満ちる



2012年2月23日木曜日

三月雨



三月雨、が降る
ほろほろとこぼれて少女は涙する
はちみつ色の瞳を濡らし鼻筋を濡らし
ああけれど溶けてしまうから唇をきゅっと結ぶ


盛り上がる雫は春の水 それとも冬の水
少女に言葉はいらない ただ心がかなしいの
いとしいの 何かがちくちくして
流れ去る川は春の水 それとも冬の水
今は気がつかなくても


三月雨、の匂い
あざやかな傘の向こう たとえば赤い花のように
振り向いた背中にいつの日の残像が重なる
あたたかなココア 指先で抱くチョコレート


いいえ、迷っただけなのです
つぶやいて何かが過ぎていってしまう
余韻を残し感触を残し思い出、
とさえ呼べるものを
少女のまなざしが揺れ、る


せつなくて涙はほろほろとこぼれる
やがて胸のおくの入り江にたどりつくような
三月雨、が降る
雨が降、る


2012年1月12日木曜日

おはなし、森の



たぶん、枯葉を踏んで
(小気味良いステップで)
たぶん、あなたの森を歩く


あなたの匂いがする森は
いつかどこかで歩いた道
頬を寄せると風が囁く


おはなしをしよう
ブランケットにくるまって
あるいは樹木の梢を透かし
仰ぎ見る青い空


おはなしをしよう
わたしだけが知っている花
あなたがいつか差し出した花を
こうして髪に飾って胸に抱いて


  雪が降る 瞳に雪が降る
  瞳のおくの隠された湖面に触れて
  アイシテル アイシテル
  つぶやいては溶ける真冬の花の


笑っているような
(泣いているような)
そして陽射しがこぼれて明るい


あなたのいとしい森を歩く、歩く
たぶん、わたしを待っている
いつかどこかに続いている道