2007年11月28日水曜日

黄昏、あれは



黄昏、あれは
樹陰に眠るあなた
穏やかな目鼻立ちに
風が吹きすぎる
私はそれを眺めるだけの


かげり
を知っていたでしょうか


思い出、それは
静かに踊るほつれ毛
微笑む瞳に
雲が流れてゆく
僕はじっと見つめるだけで


ひかり
を感じていただろうか


陥る罠に
閉じ込められている
黄昏、ガラス体のやさしい涙


2007年11月13日火曜日

サーカス、星

 
誰も知らない小さな広場に
誰も知らないサーカス、星をかかげて
青いテント 青いテント
少年は見つけた 舞台の上に
真昼の光線のしたたりを浴びて
少女が一人 くるくる回る
風のようなピルエットで


暗がりにひそむ一角獣
片目を開けた獅子のたてがみ
埃が金砂のように舞って
少年の目をくらませる
針のない時計が
静かに静かに時を告げ


青い目の少女はにっこり笑う
星を探して旅していると
遠いむかし 離ればなれになった
片われの星 胸が痛いの
少女が笑って くるくる回る
少年はずっと見ていた
飽きずにずっと見とれて泣いた


その星はどこあるのだろう
夜空にいっぱい光っているのに
今すぐに手が届きそうなのに
ああ その星になりたくてなれない
だから紙でこしらえた
何連も重ねたモビールを


誰も知らないサーカス、影さえ消えた
誰も知らない小さな広場に
少年は失った 青いテント
そして 少女の踊るその姿
泣きながら帰る道に星が光って
紙のモビールが くるくる回る
風のようなピルエットで
 
 

2007年9月20日木曜日

夢の中のあなた



朝私が
シーツの海から目覚めると
あなたがおはようと囁く
寝坊しても怒ったりしない
朝食を作ってくれるだろう
でもあなたは
キッチンから戻ってくることはない
夢の中のあなたはやさしい
夢の中のあなたはいつも私にやさしい


昼私は
ひとりベンチに座っている
あなたは隣にやってきて
小鳥たちと戯れて
私にキスをくれるだろう
でも手をのばしても
あなたの肌に触れることはない
夢の中のあなたはやさしい
夢の中のあなたはいつでも私にやさしい


夕星が輝き
夜が大きな翼をひろげると
あなたは私のもとからいなくなる
私はまたシーツの海に潜り
夢も見ずに眠りにつくだろう
あなたの吐息を感じながら





2007年9月14日金曜日

黒いみずうみ



鋭利な湖面をすべってゆく
一艘の小舟
私は黒布で目隠しされたまま
なすすべもなく横たわっている
風 感じるのはすべて風
重い水をかきわけて
舟はゆるやかに進む


盲目の私の世界に響くものは
蘆の乾いた葉擦れのみ
蘆はおそらく孤独なのだろう
だから風に揺すられている
さわさわと
意地悪な風に揺すられながら
秘事をささやいている
あるいは罪を
終わらない夢を


私は罪びとである事に甘んじ
陶酔 抱(いだ)くのはなべて陶酔
行きつく所まで流れてゆくだけで
ふいに飛び立つだろう
水鳥の鋭い羽ばたきが
湖面に落とした波紋のように
私の心に広がる愛の痛みが
思い出させてゆくのだ
何もかもまぼろしだったと


夢想の岸から遠くはなれて
舟はやがて中心で歩みを止める
私は気だるい身体(からだ)を起こし
目隠しをそっとはずすのだ
そして水鏡に見るだろう
私を見返す
あなたのふたつの瞳を


2007年8月10日金曜日

淋しい馬



それは朝陽を煌々と浴びる
蜜のような栗毛だったろうか
それとも夜のように流れる黒いたてがみ
そんな事は重要ではないのかも知れない
長いまつげを震わせる一頭の馬が
街角をひっそり駆けてゆく
人気のない真昼の路地を
朝まだきの湿った草原を
黄昏にひしめく交差点のただなかを


ふとした拍子に馬は立ち止まり私をじっと見る
そのやさしい眼差しに手を差しのべたくなるのだ
鼻づらをそっと撫でながら
豊かなたてがみに頬を寄せて
このままずっと二人きり寄りそって
すべてを忘れて眠ってしまいたくなるのだ


けれど馬はまた走り続ける
何ごともなかったかのようにただひたすら
時には他の馬たちと群れになり
あるいは孤独に突き進みながら
はるかな流線を描いて馬は走ってゆく
その蹄のあとを追いかけて行きたくても
私には許されていない 眺めるだけ
ふと光が射して影が出来るように
淋しい背中を眺めるだけの


馬はいつもひたむきだ
淋しいのはきっと私の方なのだろう
いつまでも追いつく事のかなわない時間に
飛び越える事もかなわない日常に
馬は軽やかに走ってゆく
今日も美しいたてがみを蹄を光らせて


2007年7月26日木曜日

楽園



誰も知らないその庭に咲く薔薇
朝一番の雨に濡れた赤い薔薇を求めて
僕はたどり着いた 足をひきずりながら
かぐわしいその香りを嗅げば幸せになると
ただひとつの愛を得られるとずっと信じていた


青い鳥が鳴く小窓に髪を梳く人よ
君の透きとおる瞳は何を見ているの
木陰で見つめる僕など知らないとでもいうように
君は恋するまなざしでやさしく歌う小夜曲(セレナーデ)
白い指先から櫛がすべり落ちるのをそっと待っていた


ああ 銀の雨に濡れそぼるその庭には何もない
ただ茨の繁みがはばむように生い茂るだけの
何もないと知っていた 棘が肌を切り裂くだけの
それでも僕は血を流しながら待っている
いつか茨が赤い薔薇に生まれ変わる事を


いつか白い雪が辺りをすっかり埋めつくして
僕が誰かもすっかり忘れた頃に薔薇が咲く
そんな夢をずっと見ている 真綿にくるまれたまま
否 僕の凍った瞼の裏に焼きついてはなれないのだ
君の指先からきらり音もなく櫛がすべり落ちるさまが


2007年3月29日木曜日

目を閉じて



目を閉じて
そっと目を閉じて欲しいのです
まぶたの裏に感じるものは
やわらかな陽の光り
それとも七色の虹のきらめき
じっとしていると
風のささやきも聞こえるでしょう


あなたの美しいまぶたの上に
手のひらで目隠しをする
やさしく壊れないように
あなたの温かい肌に触れる
見えるものは何
感じるものは何
そのまま眠ってしまってもいいのです
目隠しの事など
私の小さな手のひらの事など
存在すら忘れてしまっても


静かですね
私も耳を澄ませます
聞こえるものは私の鼓動
あなたを思う心のゆらぎ
あなたは今何を思っているの
快い吐息のまま
私の手のひらの中で


 

2007年3月20日火曜日

倒れる



倒れる
水差しが
ふとしたはずみで指先に触れ
ゆっくりと音もなく
まるで夢のように


倒れる
デイジーの花弁(はなびら)
こぼれた水の上に散らばって
白い沈黙
切なさに似て


その花に心を寄せたばかりに
花は無残にも崩れ落ちた
指先でデイジーをつまんで唇に寄せる
黄の花粉が
哀しみのように染みついてはなれない


倒れる
どうしようもなく
ふとしたやさしさで指先が触れ
抗う術もないまま
まるで夢のように


あなたに心を寄せたばかりに
私は



2007年2月20日火曜日

うすべに椿



あなたと私の距離は
うすべに椿
あなたが振り向くと
私が立ち止まる
そんな静かでもどかしい関係
あなたの穏やかな黒い瞳に私が映る
迷子のように泣きそうな顔をして
私は私をじっと見ている
湿った枯葉の匂いが立ち昇り
二人きりの小径は
斑(まだら)に陽が射して


 花はこぼれますか
 花は明るく色づいたまま
 あなたの心の水面(みなも)に落ち
 花はゆれますか
 花は思いを象(かたど)ったまま
 あなたの瞳のうちでくるくる回り


静かな波紋が広がって
さざ波が足もとまで寄せて来て
あなたと私の恋は
うすべに椿
つと視線を逸らして歩き出す
あなたの眼差しを背に感じながら
あなたが近づくのを待ちわびながら
そっと屈んで
指先で拾うその花に
あなたの手のひらが
やさしく重なるように



2007年2月9日金曜日

ミランダ



ミランダ やさしい亜麻色の髪
青い瞳で微笑みかける
ボッティチェリの絵から抜け出た天使
裸足で草原を歩くのが似合う


ミランダ 白鳥の細い首筋
もうすぐ居なくなると告げた
はかなげな指先は弧を描いて
白いドレスを翻し踊るのが似合う


心を込めて詩を書いた ミランダ
聖バレンタインに美しいカードを添えて
あなたに贈るこの憧れを
すべてが魔法に掛けられた ミランダ
誰もがあなたを眼差しで追うように
誰もがあなたに魅かれるように
その微笑みだけを欲していた ミランダ
美しいあなたを
あなたの居ない世界は闇だと
何かを予感していながらあなたは
いともたやすく澄んだ小川を飛び越えて


ミランダ ひな菊の可憐な花
風にそよぐ静かなほつれ毛
投げかけた眼差しに時は止まる
輝きだけを永遠に切り取り